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WWWに対するCERNの当初のサポートは、まあ、ないといって良いような感じだった。
CERNじたい、抱えている仕事が巨大なので慢性的に人手不足。WWWの企画を実現するチームが作られる、なんてことは期待できなかった。そこでティムさんはWWWを使えるものにするため、あちこちから優れた技術を見つけては取り込んだ。それが、HTML、HTTP、URL。ティムさんのアイディアに共感する味方がCERN内に出てくる。その代表格がR・カイリューさん。必要な情報を探すのにマストアイテムであるブラウザの開発をサポートした。

ロバート・カイリュー Robert Cailliau 1947-
World Wide Webの共同開発者の一人

1947年、ベルギーのトンゲレン生まれ。
教育
1958年(11才)家族とベルギーのアントワープに転居。
1969年(22才)ゲント大学の電気・機械工学を卒業。
1971年(24才)ミシガン大学MSc(コンピュータ・情報と制御工学)を取得。

活動
1974年(27才)CERNの陽子加速装置部門に入る。
1987年(40才)オフィス・コンピューティング・システムチームのチームリーダー。
1989年(42才)ティムさんと共同してCERN内の文書にアクセスするハイパーテキストシステムを提案。のちにWWWへ発展。
1990年(43才)ティムさんとWWW開発資金獲得の提案書を作成。ユーザの利便性を考えると複数のOSで動くのが望ましい。そこでUnix系のOSやMacOSで動くブラウザの開発プロジェクトを推進。
1991年(44才)マッキントッシュで使えるシンプルなテキストベースのブラウザをCERNが発表。

保守的と進歩的、両面併せ持つWWWの特徴
ティムさんが開発した初期のWWWは、D・リッチーさん(4月14日参照)とK・トンプソンさん(4月18日参照)が開発したUnixOSとの結びつきが強かった。例えば、ウェブサイト内のファイルパスの書き方(URL)はUnixのやり方に倣った。開発とウェブサーバに使ったコンピュータはUnixライクなNeXTワークステーションだった。ということで、ティムさんのやり方そのものが「あるものを活用すべし」というUnix独特の開発哲学を地で行くものだった。

既存技術との新結合だったWWWの3つの特長
1 HTML (Hyper Text Markup Language)
もともとあったSGML(Standard Generalized Markup Language)を応用したもの。

2 HTTP (Hyper Text Transfer Protocol)
見たいHTMLページのリクエストを出すクライアントに対してどのウェブサーバが対応するか、両者の関係を特定するもの。V・サーフさんとR・カーンさんのTCP/IP技術を利用。

3 URL (Uniform Resource Locator)
1980年代からインターネット・サイトのウェブ上の住所表示で使われていた概念を活用。目新しいのは「http://」の部分。/以下の情報によって、見たいページにアクセスできる。URLが三つの中で一番シンプル。だけどウェブが普及するうえで重要な発明。URLがあったからこそ、ブラウザでカタログに載った情報にアクセスできたから。

CERNのバックアップ
オフィス・コンピュータ・システム部門のR・カイリューさんは、CERNで一番の協力者になった。資金を獲得し、20人のインターン生をWWWの開発要員としてつけてくれた。そうこうするうちCERN内でユーザーが増え、コードの開発やソフトの改善をする人たちが現れた。

https://amturing.acm.org/award_winners/berners-lee_8087960.cfmhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%83%BChttps://en.wikipedia.org/wiki/Robert_Cailliau