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中高校時代に自分のほうが先生より数学ができると発見。数学の博士としてマンハッタン計画に参加し、凄腕の数学者と共に「型破りのことを型破りの方法で成し遂げ」計画を成功させた。ハミング符号は応用情報処理試験の対象。

Richard Wesley Hamming 1915-1998 アメリカの数学者、計算機科学者

1915年シカゴ生まれ。学校時代、自分のほうが先生より数学ができると気づく。大学進学先の希望は工学部。しかし奨学金を出してくれるのは工学部がないシカゴ大学だけ。シカゴ大学を選択。
1937年(22才)シカゴ大学を学士(数学)で卒業。
1939年(24才)ネブラスカ大学で修士。
1942年(27才)イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校PhD(数学)。G. Booleの本(An Investigation of the Laws of Thought)に感銘を受け、後の仕事に反映される。
1945年(30才)Los Alamosでマンハッタン計画に参加。Feynmanさん、Fermiさん、Oppenheimerさんらと知り合う。担当は計算業務。終戦になりマンハッタン計画終了後、半年かけて計算内容の詳細を記録した。マンハッタン計画の成功要因を報告書にまとめた。ポイントは、エンジニアが担当したのはルーチンワーク、イノベーションを切り開く重要な役割を果たしたのは数学者だった。
1946-76年(31-61才)ベル研究所の数学部門で働く。クロード・シャノンさんやTukeyさん(6月7日)、その他の若手数学者とと同じ部屋で仕事した。みな、自分たちが戦時中の仕事によっていかに数学力をスキルアップしたかを自覚していた。
1950年(35才)ベル研でエラー検出とエラー訂正のコードを発表した。
1968年(53才)「数値的手法、自動コーディングシステムそしてエラー検出とエラー訂正コードの功績」により第3回チューリング賞が贈られる。

https://amturing.acm.org/award_winners/hamming_1000652.cfm
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%82%B0