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▼物理と化学の両分野で活躍した科学者。電気の分野では回路の電流と電圧に関する法則を発見した。このキルヒホッフの法則は高校で習う。あと放射エネルギーと反応熱のキルヒホッフの法則がある。
▼物理の分野ではブンゼンさんと分光器を開発し、その分光器を用いて化学の分野でセシウムやルビジウムを発見した。ベルリン大学で初の理論物理学教授になった人物。

グスタフ・キルヒホフ Gustav Kirchhoff 1824-1887
1824年、プロイセン王国ケーニヒスベルク(現在、ロシアのカリーニングラード)生まれ。父は法律家。
教育
1847年(23才)ケーニヒスベルク大学で哲学博士で数学者のC・ヤコビ先生や鉱物学者・数学者のF・ノイマン先生、F・リシャロ先生らの指導を受けて卒業。ベルリンに転居。
1849年(25才)オームの法則を拡張したキルヒホッフの法則(電気回路)を発表。
活動
1850年(26才)ポーランドのブレスラウ大学で員外教授。
1854年(30才)ドイツのハイデルベルク大学で教授。R・ブンゼンさんと出会い、分光学的アプローチを始める。
1857年(33才)リシャロ先生の娘と結婚。
1859年(35才)ブンゼンさんと共同で分光器spectroscopeを発明。これを使って太陽光を分析。黒体放射におけるキルヒホフの放射法則。
1860年(36才)ブンゼンさんとセシウムCsを発見。発光スペクトルの輝線が青色なのでラテン語の青色(caesius)から命名。フラウンホーファー線は元素の吸収スペクトルであることを発見。
1861年(37才)ブンゼンさんとフレーム分光法を用いてルビジウムRbを発見。発光スペクトルの輝線が赤色なのでラテン語の暗赤色(rubidus)から命名。
1862年(38才)ランフォード・メダル受賞。
1875年(51才)ベルリン大学で初の理論物理学教授職につく。王立協会フェロー。
1884年(60才)王立ネザーランド科学技術アカデミーの外国人会員。
1887年(63才)ベルリンで死去。お墓はグリム兄弟から数メートルの場所。

師匠
□ フランツ・ノイマン Franz Neumann 1798-1895
□ カール・ヤコビ Carl Jacobi 1804–1851
弟子
■ D・I・メンデレーエフ Dmitri Mendeleev 1834–1907
■ マックス・プランク Max Planck 1858-1918
関係筋
□ ヨゼフ・フラウンホーファー Joseph Fraunhofer 1787-1826
□ フリードリッヒ・リシャロ Friedrich Richelot 1808–1875
■ ロベルト・ブンゼン Robert Bunsen 1811–1899
□ アンドレス・オングストローム Anders Ångström 1814–1874

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https://en.wikipedia.org/wiki/Gustav_Kirchhoff