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▼ビオさんは電流と磁場の関係を「ビオ・サバールの法則」とした科学者。扱う範囲が電流と磁場に止まらず、隕石調査で隕石は宇宙から飛んできたものであることを世間に認知させたり、大気調査で熱気球で5千メートルの上空まで登ったり、子午線弧長の測量のためスペインに赴いたり、と行動派の科学者だ。
▼偏光の研究では光学異性体の存在を予想したり、光の粒子性を想定するなど、後世の研究や発明の祖になる仕事を残している。
▼どんな人物だったのかもっと知りたくなる科学者だ。

ジャン=バティスト・ビオ Jean-Baptiste Biot 1774-1862
1774年、パリ生まれ。
教育
リセ・ルイ=ル=グラン(高校)卒業。
1794年(20才)フランス国立土木学校入学。
活動
1797年(23才)オワーズ県ボーヴェの工芸学校で教員。
エコール・ポリテクニーク(理工科学校)で教員。
1801年(27才)コレージュ・ド・フランスの教授。
1803年(29才)科学アカデミーの会員。科学アカデミーの依頼を受けてレーグル隕石を調査、3000個の隕石のかけらを収集、宇宙起源と報告。
1804年(30才)ジョセフ・ルイ・ゲイ=リュサックさん(24才)と熱気球で5000-6400mまで上がって大気を研究
1815年(41才)王立協会の外国人会員。偏光の研究。後の偏光板や液晶の祖。
1816年(42才)スウェーデン王立科学アカデミー外国人会員。
1820年(46才)電流で磁場が生じる観察からビオ・サバールの法則を発見(アンペールの法則と同じ)。
1840年(66才)王立協会からランフォード・メダルを受賞。
1851年(74才)パリで死去。

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