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▼コルバト氏はMITの院生時代にWhirlwindコンピュータで物理計算のエキスパートになって以来、ProjectMACのタイムシェアリングシステムCTSSやその進化版Multicsの開発を進めた現場の棟梁。
▼UNIXの誕生にはMulticsが必要だった。
▼今回の答えは、挑戦的な開発テーマを形にしてみせ、後進に範を示すいぶし銀のような現場の棟梁がいたこと。

フェンルナンド・ホセ・コルバト Fernando José Corbató 1926-2019
1926年、カリフォルニア州オークランド生まれ。両親はカリフォルニア大学バークレー校の院生。
教育
1931年(5才)父がUCLAの教授(スペイン語)になったので一家でロサンゼルスに転居。
1939年(13才)WWII
1943年(17才)ロサンゼルスで通っていた高校を繰り上げで卒業しアメリカ海軍に入隊。電子技術兵。
1945年(19才)WWII終戦
1950年(24才)カリフォルニア工科大学でBS(Physics)
1956年(30才)MITでPh.D. (physics)。Philip M. Morse教授の応援を得て Whirlwindコンピュータで物理計算を行う専門家になる。
活動
1956年(30才)MITで新設されたMIT計算センターでMorse教授の元で研究員。センターのマシンは IBM 704 computer。
1958年(32才)MIT計算センターの副所長(1965年まで)。Whirlwindは希望者があらかじめ予約を入れて使う決まりになっていてユーザーの評判がよくない。IBI704も順番にオペレーターに処理を依頼するバッチ処理方式で、プログラムにミスがあると最初からやり直し。待ち時間ロスが出るため評判が良くなかった。解決策としてJ・マッカーシーさんらがターミナルという端末を使って同じマシンを複数のユーザが共有できるタイムシェアリング方式を提案。
1961年(35才)MIT計算センターでタイムシェアリングの可能性を実証するためCompatible Time-Sharing System (CTSS) を開発(1965年まで)。
1962年(36才)MITの准教授(電子工学)。リックライダーさんとファノさんがProjectMACを開始、CTSSを本格稼働させる。
1963年(37才)Project MAC が IBM 7094 とCTSSでMIT学内向けに計算サービスを提供。Project MACのコンピュータ・システム研究グループを統括。
1964年(38才)MIT計算センターで副所長。CTSSの上位版となるMultics( Multiplexed Information and Computing Service)開発を進める。
1965年(39才)MITの教授(電子工学)。GEからMulticsを載せた General Electric 645が発売。
1968年(42才)Project MACでのCTSSが終了。基本コンセプトはUNIXが継承。
1973年(47才)MIT計算センターでのCTSSが終了。
1974年(48才)MIT EECS部の副部長(1978年まで)。
1983年(57才)MIT EECS部の副部長(1993年まで)。
1990年(64才)チューリング賞受賞(general-purpose, large-scale, time-sharing and resource-sharing computer systems, CTSS and Multicsの業績に対して)
1996年(70才)MITを退職。
2000年(74才)Multicsのサポート終了。
2019年(93才)マサチューセッツ州ニューバリーポートで死去。

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