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▼ダートウゾスさんはProjectMACの第4代責任者にして、コンピュータ科学研究所LCSの初代所長。1974年から2001年まで通算27年間の間にLCS発のコンピュータ技術を世に送り出した。
▼ダートウゾスさんはアテネの出身、お父さんはギリシア海軍の提督。ギリシア、アテネと言えば、マラソンの語源になったマラトンが戦勝を伝えるために走った神話の町。重装歩兵あり、艦隊ありの歴史的都市。その海軍提督が父親。歴史の重み半端ない。子供の頃、お父さんに駆逐艦や潜水艦に乗せてもらって、メカや数学に興味を持ったという。
▼アテネ大学時代に、MITでシャノンさんらがやっていた情報科学を知り、フルブライト奨学生になって渡米、MITに入りアメリカのコンピュータとネットワークの発展をリードした。その歩みにテーマの答えがありそう。

マイケル・ダートウゾス Michael L Dertouzos 1936-2001 コンピュータ科学者
1936年、ギリシャのアテネ生まれ。父はギリシア海軍提督。子供時代、駆逐艦や潜水艦に乗せてもらう。この経験から無線通信、船舶機器、数学に興味を持つ。
1939年(3才)WWII
1945年(9才)WWII終戦
教育
1952年(16才)C・シャノンさん(8月1日)の情報理論を知り、また、MITで取り組んでいたネズミ型ロボットを知り、MIT進学を志す。
アテネ大学を卒業。電気工学を学ぶためフルブライト奨学生に選ばれ渡米。
1957年(21才)アーカンソー大学で学士。
1959年(23才)アーカンソー大学で修士。
1964年(28才)MITでPh.D. in electrical engineering
活動
1964年(28才)MITで教員
1968年(32才)Computek, Inc.,を仲間と共同創業。
1974年(38才)ProjectMACの第4代責任者(1975年まで)。
1975年(39才)MITコンピュータ科学研究所Laboratory for Computer Scienceの所長(2001年まで)RSA暗号、スプレッドシート、NuBus、X Window System、インターネット、GNU Project、Project Oxygenに貢献。W3CをMITに設置。
2001年(65才)死去。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%88%E3%82%A6%E3%82%BE%E3%82%B9
https://en.wikipedia.org/wiki/Michael_Dertouzos