• 小中高生、大人、プログラミング教室、Python、Web、コンピュータサイエンス

▼なぜアメリカでコンピュータとネットワークが発達したのだろう。今回の答えは、ARPAや米国科学財団NSFの資金がMITのProject MACに渡り、才能と志のある人々によって使われたから。
▼Project MAC は現在、MITのコンピュータサイエンスとAI研究所CSAILという名前で活躍中。ミッションを「人が仕事・遊び・学習する方法をよりよくするコンピューティングの新たな研究の地平を切り開くCSAIL pioneers new research in computing that improves the way people work, play, and learn.」としている。 
▼ProjectMACをざっと見たあとで、初代責任者のロバート・ファーノさんのプロフィールを紹介する。

Project MACの概要
1963年、ARPAから補助金(200万ドル)を得てスタート。後、米国科学財団も資金提供。
名称のMACはMathematics and Computationより。
研究目的:Multicsの開発( IBM 7094を使用、CTSSの後継)。GE、ベル研究所と共同開発。
初代責任者:ロバート・ファーノ(1968年まで)MIT電子工学研究所
1968年(5年目)第2代責任者:J・C・R・リックライダー(1971年まで)MIT電子工学研究所
1971年(8年目)第3代責任者:エドワード・フレドキン(1974年まで)
1974年(11年目)第4代責任者:マイケル・ダートウゾス(1975年まで)
▼Laboratory for Computer Science
1975年(12年目)ミンスキーグループ以外のメンバーがコンピュータ科学研究所LCSを設立、初代LCS所長:マイケル・ダートウゾス(2001年まで)。ジェラルド・ジェイ・サスマンらはどちらにもいかずProject MACを進める。
2001年(38年目)第2代LCS所長:Victor Zue(2003年まで)
▼Artificial Intelligence Laboratory
1970年(7年目)ミンスキーやマッカーシーらの人工知能グループがもっと広い場所が必要となりプロジェクトを抜けてMIT人工知能研究所AILを開設。初代AIL所長:マーヴィン・ミンスキー(1972年まで)。コンピュータはPDP-6、後に PDP-10を使用。
1972年(9年目)第2代AIL所長:Patrick Winston(1997年まで)
1997年(34年目)第3代AIL所長:Rodney Brooks(2003年まで)
▼Computer Science and Artificial Intelligence Laboratory
2003年(40年目)コンピュータ科学研究所と人工知能研究所が合併し、MITコンピュータ科学・人工知能研究所(CSAIL)になる。初代所長:Rodney Brooks(2007年まで)
2007年(44年目)第2代CSAIL所長:Victor Zue(2011年まで)
2011年(48年目)第3代CSAIL所長:Anant Agarwal(2012年まで)
2012年(49年目)第4代CSAIL所長:Daniela L. Rus
▼CSAILのビジョン
VISION:A world where computing empowers people and enhances all human experiences.
▼チューリング賞受賞者
Leonard M. Adleman, Fernando J. Corbató, Shafi Goldwasser, Butler W. Lampson, John McCarthy, Silvio Micali, Marvin Minsky, Ronald L. Rivest, Adi Shamir, Barbara Liskov, Michael Stonebraker, Tim Berners-Lee
▼ソフト開発者
シーモア・パパート:プログラミング言語LOGOの開発者、Bob Frankston:VisiCalcの共同開発者

https://ja.wikipedia.org/wiki/Project_MAC
https://ja.wikipedia.org/wiki/MIT%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BF%E7%A7%91%E5%AD%A6%E3%83%BB%E4%BA%BA%E5%B7%A5%E7%9F%A5%E8%83%BD%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80
https://www.csail.mit.edu/

ロバート・ファノ Roberto Fano 1917-2016 コンピュータ科学者
1917年、イタリア、トリノ生まれ。ユダヤ人。父は数学者のジーノ・ファノ、兄は物理学者のウーゴ・ファノ。
1918年(1才)WWI終戦
教育
1939年(22才)トリノ工科大学で工学を学ぶ。WWII。ムッソリーニ政権下で反ユダヤ法が成立したためイタリアを脱出、渡米。
1941年(24才)MITでS.B. in electrical engineering 。 MIT放射能研究所に入る。
1945年(28才)WWII終戦
1947年(30才)MITでSc.D. in electrical engineering。
活動
1947年(30才)MITの教員になる。
1948年(31才)クロード・シャノンさんと「シャノン・ファノ符号」を発明。
1950年(33才)MITリンカーン研究所でレーダー技術グループに所属(1953年まで)。
MIT電子工学研究所でタイムシェアリング技術を開発。
1954年(37才)情報理論への貢献で IEEE Fellowになる。
1963年(46才)Project MACの初代責任者。MITで最初のコンピュータ科学のカリキュラム作成に参加。
1984年(67才)MITを引退。
2016年(99才)死去。

https://en.wikipedia.org/wiki/Robert_Fano
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%8E