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▼ターマンさんの紹介は6月17日参照→ http://ur2.link/vdC3
▼ターマンさんがMITで博士号を取ったときの指導教員がV・ブッシュさん。 10月26日参照→ http://ur2.link/Zri4
ブッシュさんを源流とした技術の流れを整理した10月26日の図の左にDr.ターマンから始まりシリコンバレーに行く流れがある。今回はこの流れを取り上げる。
▼博士号を取るとすぐスタンフォード大学に入って、大学の盛り上げ活動を始める。というのは、創立から30数年経ってもスタンフォード大学は資金難に苦しみ、学生は卒業すると就職のため東部に出て地元に残れない状況だったから。無線が好きという共通項で、あまり年齢が違わない院生のヴァリアン兄弟やヒューレットさん、パッカードさんたちと仲良くなる。彼らに起業を勧める。
▼しかし第二次世界大戦が勃発。ドイツ軍のレーダーで空軍が大苦戦していたので、ブッシュ先生が長官の科学研究開発局OSRDの下にある電波研究所RRLで対応策を打ち出す研究開発を行うことになった。そのリーダーに弟子のターマンさんが入り、研究所800人の指揮をとる。成果を出し役割を果たす。
▼スタンフォード大学に戻るとすぐRRLで広がった研究者人脈をスカウトし、国の研究資金をぐいぐい獲得し、東のMIT、西のスタンフォードと言われるまでにする。
▼さらに大学が安定収入を得るため、技術系企業が入居するスタンフォードリサーチパークを作り、ヴァリアンやヒューレット・パッカードに入ってもらう。そこに学生が就職し、企業が大きくなり、人と金の動きがダイナミックになっていく。
そして30年経つと誰もが知るシリコンバレーになる。だからターマンさんはシリコンバレーの父と言われる。
▼軍学連携を作ったV・ブッシュさん、その土台の上でスタンフォード大学を西の雄にし、シリコンバレーという環境を作ったターマンさん。ここにもなぜアメリカでコンピュータとネットワークが発達したのか、という答えがある。

https://en.wikipedia.org/wiki/Frederick_Terman
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%87%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3