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▼エンゲルバートさんは、マウスの生みの親。
▼ヴァネバー・ブッシュさんがコンピュータの将来ビジョンを書いた書”As We May Think”を第二次世界大戦中、フィリピン前線駐在中に読んで影響を受けたコンピュータ科学者。結果、IPTOの資金を得てARPANETの通信第一号の相方になったり、後に現代コンピュータのインターフェースの原型を生み出す。ビジョンの提示がどれだけ重要かを示す例。

ダグラス・エンゲルバート Douglas Carl Engelbart 1925-2013 コンピュータ科学者
1925年、オレゴン州ポートランド生まれ。父はラジオ店を経営する電子技術者。
教育
1939年(14才)WWII
1942年(17才)フランクリン高校を卒業、電子工学を学ぶためオレゴン州立大学に入学。レーダー技術者としての訓練を受け、無線技術に魅了される。
1944年(19才)アメリカ海軍に入隊。フィリピンで沿岸警備隊で無線とレーダー技術兵(1946年まで)。V・ブッシュ先生の著書”As We May Think”から影響を受ける。除隊して大学に復帰。
1945年(20才)WWII終戦
1948年(23才)オレゴン州立大学でB.S.in Electrical Engineering。カリフォルニア州マウンテンビューのAmes Navy Research Center(現在のNASA)で電子技術者(1951年まで)。
1953年(28才)カリフォルニア大学バークレー校で M.S. in Electrical Engineering with a specialty in Computers
1955年(30才)カリフォルニア大学バークレー校で Ph.D. in Electrical Engineering with a specialty in Computers
活動
1955年(30才)カリフォルニア大学バークレー校で助教授(電子工学)(1956年まで)
1957年(32才)スタンフォード大学のStanford Research Instituteで研究者(1959年まで)
1959年(34才)SRIのAugmentation Research Centerでディレクタ(1977年まで)
1962年(37才)ARPAに “Augmenting Human Intellect: A Conceptual Framework”(人類の知性の増強: 概念的フレームワーク)を提案。
ARPAの資金で Augmentation Research Center (ARC) をSRI内に創設。oN-Line System (NLS) を開発。ビットマップ・スクリーン、マウス、ハイパーテキスト、グループウェア、GUI などを開発。
1967年(42才)マウスを発明、特許を取得(1970年)。SRIはアップルに4万ドルでライセンス提供。
1968年(43才)コンピュータ会議で「The Mother of All Demos(全てのデモの母)」と言われる伝説的デモを行う。
1969年(44才)10月29日、ARPANET初のメッセージをUCLAのレナード・クラインロック先生から受信。インターネットの誕生日。 11月にInterface Message Processor (IMP) をARCに設置。
1977年(52才)カリフォルニア州クパチーノにあるTymshare, Inc., でSenior Scientist(1984年まで)
1984年(59才)カリフォルニア州サンホセにあるMcDonnell Douglas Corporation ISGでSenior Scientist(1989年まで)
1988年(63才)娘とBootstrap Institute を創業
1989年(64才)スタンフォード大学でBootstrapプログラムのディレクタ(2000年まで)
1990年(65才)カリフォルニア州メニオパークで Bootstrap Institute & Bootstrap Alliance (現在、DEI)のディレクタ(2008年まで)
1997年(72才)チューリング賞を受賞。コンピュータを対話式で使う未来的ビジョンとその実現の鍵になる(マウスなどの)技術の発明に対して。
2000年(75才)アメリカ国家技術賞を受賞。
2013年(88才)死去。

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