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▼BBNテクノロジーズ社は、MITの教授がキャンパス内で起業した音響コンサル企業。創業9年目にリックライダーさんが加わりコンピュータ事業にシフト。MITの人脈会社。
▼なぜアメリカでコンピュータとネットワークが発達したのか、というクエスチョンに対する答えがある会社。ARPAからARPANETに必要なルータを受注して開発、納品して世界で最初のコンピュータ通信の成功を支えた。それもリックライダーさんと人脈があったから資金が入り経済の好循環を起こした。結果、BNNは、ハーバード大学、MITの教員や学生が働く場所に成長し、第3の大学と言われる存在になる。

BBNテクノロジーズ BBN Technologies 1948-
1948年、MITのリチャード・ボルト教授(物理学、音響学。37才)が国連NY本部のホール音響コンサルの嘱託になる。仕事の規模が大きいので同僚のレオ・ベラネック教授(音響学。34才)に協力を求め、パートナーシップを組む。MITのキャンパス内で2部屋を借り音響コンサル会社Bolt and Beranek社を起業。
1950年(2年目)ボルト教授の教え子ロバート・ニューマンさんが参加しBolt Beranek and Newman社(BBN)になる。社長はベラネックさんが務める(1967年まで)。ボルトさんは会長(1976年まで)。
1952年(4年目)国際連合ニューヨーク本部が完成。
1954年(6年目)音響コンサルの仕事:MITの クレスジ・オーディトリウム
1957年(9年目)コンピュータの将来発展性を確信していたリックライダーさん(42才)が副社長に就任(1962年まで)。
1959年(11年目)リックライダーさんがMIT卒業生でDECを創業したケン・オールセンさん(33才)からPDP-1の試験を依頼。1か月で試験を終えBBNのお墨付きを出す。同時に1台購入。音響コンサルの仕事:タングルウッドのクーセヴィツキー音楽小屋。
1960年(12年目)BBNにPDP-1の1号機が納品された後、リックライダーさんはMITに対してタイムシェアリングシステムを説得できず苦戦していたジョン・マッカーシーさんを会社に呼び寄せる。BBNタイムシェアリングシステムとして世に出す。
1962年(14年目)マサチューセッツ総合病院の医師と看護師向けにタイムシェアリングシステムを提供。音響コンサルの仕事:リンカーン・センターのエイヴリー・フィッシャー・ホール
1968年(20年目)ARPAから ARPANET構築に必要な Interface Message Processor (IMP) =ルータの祖先=の制作を受注。この年までに600人以上を雇用する会社になる。ハーバード大学とMITに続く第3の大学と言われる。
1969年(21年目)IMPが完成、1号機がカリフォルニア大学に納品。2号機はその1か月後にスタンフォード・リサーチ・インスティテュートSRIに納品。音響コンサルの仕事:フィリピンのフィリピン文化センター
1978年(30年目)音響コンサルの仕事:ボルチモアのジョゼフ・マイヤーホフ・シンフォニー・ホール
2009年(61年目)買収や合併を経て現在は、レイセオンの子会社。現代に至る。

https://ja.wikipedia.org/wiki/BBN%E3%83%86%E3%82%AF%E3%83%8E%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%82%BA
https://www.raytheonintelligenceandspace.com/capabilities/advanced-tech