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▼これまでの12回を図で整理した。上記は、バベッジさん(10月12日)を源流とする流れがエイケンさん(10月16日)とIBMに引き継がれ、ENIACの遺伝子はユニシスに引き継がれている、という図である。

【エイケンさんの流れ】 バベッジさんの階差機関・解析機関のモデルがハーバード大学に寄贈されていた。モデルとバベッジさんの論文を見たエイケンさんはバベッジさんを心の師と仰ぎ、IBMの力を借りてHarvard マシンを作り始める。このシリーズはバベッジさんの直系と言える流れ。Harvard Mark IVまで製作が続く。但し、その後の消息が不明(今後、調べる)。
▼Harvard Mark I はIBMのASCC:Automatic Sequence Controlled Calculatorに相当。エイケンさんはMark Iの記者発表のとき、IBMの協力に関してはエンジニアのJ・ブライスさんを紹介するに止めたためIBM会長が激怒、以来、袂を分かつ。
【IBMの流れ】IBMはASCCの後、SSEC:Selective Sequence Electronic Calculator の開発を進める。メインフレームのトップ企業の道を歩む。この当時、IBMにとっては計算するマシンはCalculatorと言い、Computerと言ってなかった。computerは、計算する人のことを指していた。
▼もともとIBMはハーマン・ホレリスさんのタビュレーティングマシン会社が源流の一つ。タビュレーティングマシン社はパンチカードで国勢調査の効率化を成功させた会社。IBMは、ASCCの時代もパンチカードのビジネスをばりばりやっていた。古い過去を見るとパンチカードは、産業革命の時代に、織機のパターン指示に使われていた。それをバベッジさんが階差機関・解析機関で機械に指示を出すのに使っていた。パンチカードは使い勝手の良いメディアなのだ。パンチカードの流れで見ると、IBMもバベッジさんの系譜にある。
▼Havard Mark I からIII まではスポンサーがアメリカ海軍だった。プログラマとして参加していたG・ホッパーさん(10月19日)もアメリカ海軍の軍人。ホッパーさんはIIIが終わった後、EMCCのモークリーさんから誘われ、UNIVACのソフトウェア開発に加わる。
【ENIACの流れ】 EMCCは買収を繰り返しながらUNIVAC部門が継承され、現在のユニシスに至る。ENIACの遺伝子が継承されているのはUNIVACである。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%83%B3
https://ja.wikipedia.org/wiki/Harvard_Mark_I
https://en.wikipedia.org/wiki/Harvard_Mark_II
https://ja.wikipedia.org/wiki/Harvard_Mark_III
https://en.wikipedia.org/wiki/Harvard_Mark_IV
https://ja.wikipedia.org/wiki/Selective_Sequence_Electronic_Calculator