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▼エッカート・モークリー・コンピュータ・コーポレーションEMCCは、ENIACを作ったエッカートさん(5月10日)とモークリーさん(5月13日)が作った世界初のコンピュータ会社。EMCCは二人のアントレプレナーシップの象徴。
▼バベッジさんとの関係は、エイケンさんのもとでHarvard Mark 1-3のプログラミングを担当したホッパーさんを経由してつながる。モークリーさんがEMCCでホッパーさんをコンパイラの開発者として雇ったから。
▼EMCCは3年後に買収された後、資金的に落ち着き、UNIVACシリーズをヒットさせる。
▼EMCCは技術が優れているのはもちろん、エッカートさんは顧客を見つけて契約を結ぶというビジネスの基本を押さえていた。しかし、製品の値付けが安すぎた(あるいは製造コストが予想より高くなった)ため経営を圧迫。ここはバベッジさんが陥った状況に似ている。違ったのは、EMCCの真価を認めていたレミントンランド社が買収して、エッカートさんとモークリーさんは技術発展の土台を確保できたこと。その後も買収があり、現在はユニシスになっている。

エッカート・モークリー・コンピュータ・コーポレーション EMCC 1947-1950 世界初のコンピュータ会社
1939年、WWII
1941年、エッカートさんとモークリーさんがペンシルバニア大学ムーア・スクールで出会う。
1942年、モークリーさんがENIACの構想を書き出す。陸軍省とムーア・スクールを結ぶリエゾンのハーマン・ゴールドスタイン中尉さんが仲立ちして、大砲の弾道計算機を作るための資金を調達。
1943年、陸軍とペンシルベニア大学ムーア・スクールが契約。モークリーさんが設計を担当、エッカートさんが製作を担当しENIACを開発(46年まで)。
1945年、WWII終戦
1946年、エッカートさん(27才)とモークリーさん(39才)がペンシルベニア大学を辞め3月にElectronic Control Companyを創業
1947年、ペンシルベニア州フィラデルフィアでElectronic Control Company改め、EMCCを設立
1948年(1年目)国勢調査局が1950年の国勢調査に備えEMCCのコンピュータUNIVAC Iを購入する契約。ソフトウェア部門を創設。
1949年(2年目)モークリーさんが世界初のプログラミング言語Short Codeを考案。プログラミング言語の重要性を認識していたモークリーさんは、グレース・ホッパーさん(10月19日)を雇いShort Code用の世界初のコンパイラの開発を任せる。
資金難解消のため、ノースロップ社から商用コンピュータBINACを受注。開発、納品したもののEMCC内では作動していたがノースロップ社内では稼働できず。
1950年(3年目)レミントンランド社がEMCCを買収。EMCCはレミントンランドのUNIVAC部門となる。
1951年、UNIVACの 1号機は米国国勢調査局が契約、同年内に納品。アメリカ陸軍も購入希望。以降、46台を販売。
1952年、1952年の大統領選の予想をUNIVACが当て、CBS放送が大々的に放送したことから人気が出る。UNIVACの2号機を国防総省に納入。
1955年、レミントンランド社が電気機械メーカーのスペリー社と合併。スペリーランドのUnivac部門になる。
1959年、モークリーさんがスペリーランドを退職、Mauchly Associates, Inc.を起業。
1967年、モークリーさんがコンサルタント組織Dynatrendを設立、1973-80年までスペリーUNIVACのコンサルタント。
1980年、モークリーさん死去(72才)。
1986年、スペリー社とバロース社が合併してユニシスUnisys Corporation
1989年、エッカートさんはユニシスを退職し相談役になる。
1995年、エッカートさん死去(76才)。

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