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▼計算機の歴史でイギリスのバベッジさんが設計した階差機関はマイルストーンだ。バベッジさんの一世代前から時計製作者が精密な金属加工技術を発達させていたので、実機を作れる技術背景も整っていた。
▼バベッジさんが機械で計算しようとした理由は、人が難しい計算をするとミスするから。誤りのない数表を作るには機械を使って計算するほうが良い、という発想だ。
▼バベッジさんが企画した機械は、階差機関と解析機関の2タイプ。前者は未完成、後者は図面のみ。当時は金食い虫扱いされた。しかし、時代が変われば、歴史的偉業になる。
▼今回はバベッジさんの年表を紹介する。次から、製作を担当して途中でバベッジさんと決裂したクレメントさん関係、史上初めてのプログラマと言われるエイダ・ラブレスさん関係、バベッジさんを心の師と仰ぐエイケンさん関係を見ていく。

チャールズ・バベッジ Charles Babbage 1791-1871 数学者
1791年、ロンドン生まれ。父は金細工師から銀行家になった人物。
教育
裕福な家庭だったので小学校時代は家庭教師がつく。
病気になったので、一時期、キングエドワード6世グラマースクールに入る。
回復するとまた家庭教師がつく。
ミドルセックス州インフィールドのホルムウッド・アカデミーに入学。学校の蔵書に親しむ。
1810年(19才)ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジに入学。
1812年(21才)ケンブリッジ大学ピーターハウス・カレッジに移る。友人と解析協会を作る。計算ミスの多い手計算の対数表を見ながら、機械にやらせる着想を得る。
1814年(23才)ケンブリッジ大学ピーターハウス・カレッジで名誉学位。結婚。
活動
1822年(31才)ドイツの軍人で技術者のヨハン・ミュラー氏が階差機関のアイデアを本で公表(1786年)すれど注目されず忘れられる。
バベッジさんは王立天文学会に「天文暦と数表の計算への機械の適用に関する覚え書き」を提出、階差機関 (Difference Engine)の設計を開始。
1824年(33才)王立天文学会が数表と天文暦のための計算機関の発明に対してゴールドメダルを授与。
1828年(37才)ケンブリッジ大学のルーカス教授職(38年まで)。
1830年(39才)階差機関を設計。設計上の性能は16桁で6階の階差が計算できる。
1832年(41才)アメリカ芸術科学アカデミーの外国人名誉会員。エンジニアJoseph Clementとの行き違いから計画が頓挫。
1833年(42才)科学者のメアリー・サマヴィルさんからエイダ・ラブレスさんを紹介される。その場にはM・ファラデーさんらもいた。エイダさんが階差機関の話を聞き関心を持ち、数学の弟子になる。
1834年(43才)統計学会の創立に尽力。
1837年(46才)解析機関(Analytical Engine)を構想。パンチカードでプログラムを組める。逐次制御、分岐、ループが可能。
1838年(47才)機関車の前面に取り付けて障害物を取り除く金属フレーム「カウキャッチャー」を発明。
車両性能試験車を開発しイザムバード・キングダム・ブルネルのグレート・ウェスタン鉄道で試験。
1842年(51才)イタリアで解析機関の講演。数学者ルイジ・メナブレアさんが講演記録をフランス語で出版。それをエイダさんが英訳し注釈を入れて出版(43年まで)。英国政府が階差機関の開発予算を打ち切る。
1847年(56才)階差機関の改良型を企画(49年まで)。
1864年(73才)「通りの迷惑の観察」を発表。
1871年(80才)死去。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9A%8E%E5%B7%AE%E6%A9%9F%E9%96%A2
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A7%A3%E6%9E%90%E6%A9%9F%E9%96%A2