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今回の物語
▼18-19世紀、ナポレオン・ボナパルトさんはフランスの国力を高めるため産業振興に力を入れた。これを受けてリヨンの絹商人が生産性を高める織機の開発を発明家のジャカールさんに依頼。
▼依頼を受けたジャカールさんは情報最先端都市パリにあるフランス国立工芸院に行き、過去の織機を調査し優れた技術や工夫を探した。その結果が、模様のパターンをパンチカードでミスなく機械に伝えるジャガード織機。
▼ナポレオンさんはリヨンを訪問し、ジャガード織機を見て感心。ご褒美としてリヨン市には特許を与え、ジャカールさんには一生、年金とロイヤリティが入るようにした。
▼パンチカードのおかげで人為ミスが減り、生産性の向上に貢献。発明して5年の間に1万台が売れた。ジャガード織機はリヨンをヨーロッパ最大の絹織物・繊維工業都市にするけん引力の一つになった。反面、仕事を失う職人も比例して増える。ジャカールさんとジャガード織機に対する強い反発が続いた。

ポイント1 背景に国家の覇権争い、国力向上、産業振興という社会のダイナミックな動きがあった
ポイント2 先行事例調査の上、パンチカードという有用な技術を発見し採用した
ポイント3 ジャガード織機の発明によってリヨンがヨーロッパ最大の織物工業都市になった

ジョゼフ・マリー・ジャカール Joseph Marie Jacquard 1752-1834 発明家。ジャカード織機の発明。

1752年、フランスのリヨン生まれ。父は機織りの親方。
教育
1762年(10才)母が死去。
1765年(13才)13才まで教育を受けず文盲。印刷業を営む義理の兄から教育を受ける。その後、父の手伝いをするも機織りに向いてなかったので製本業や印刷機の製造に進む。
活動
1772年(20才)父が死去。家、織機、工房、ブドウ園、採石場など父の財産を引き継ぐ。
1778年(26才)自分の職業を機織りの親方・絹商人と称する。中流階級の未亡人と結婚。
1800年(48才)ペダル式織機を発明。
1801年(49才)パリの産業博覧会に発明品を出展。
1802年(50才)ナポレオン・ボナパルトが産業振興のためリヨンに大量の絹織物を発注。
1803年(51才)漁網用織機を発明。リヨンの絹商人 G・Detilleu 氏の依頼を受けてフランス国立工芸院に展示されたJ・ヴォーカンソン氏が発明した織機(1747-50)を調査。
1804年(52才)B・Bouchon氏(1725)、J-B・Falcon氏(1728)、ヴォーカンソン氏らが開発した織機から、機構やパンチカードシステムを採用・改善しジャカード織機を発明。失業を恐れる機織り職人から妨害を受けながらも改良を続ける。
1805年(53才)ナポレオン・ボナパルトがリヨンを訪問しジャガード織機を見学。特許をリヨン市に与える。
1806年(54才)ジャカード織機が公共財産に認定。生涯年金と1台売れるごとのロイヤリティを受け取れるようになる。
1812年(60才)フランス国内で11,000台のジャカード織機が稼動。
1815年(63才)Jean Antoine Breton氏がパンチカードシステムの問題を解決、販売台数が急増。
1834年(82才)死去。
1872年(死去38年後) 京都市が西陣機の職人3名をリヨンに研修派遣し、機械と共に帰国。

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