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▼チューリング賞の受賞理由は、コンピュータアーキテクチャの設計と評価の定量的アプローチ方法でマイクロプロセッサー業界に多大な貢献を継続的に提供した実績である。
▼パターソンさんは学生の教育を大切に考えており、プロセッサの設計にも優秀な院生がかかわっている。バークレーRISCはオープンで教育機会とビジネス機会の両方を図っていた。
結果、RISCを採用しているCPUが主流になっている。
▼パターソンさんがモットーにしている言葉を紹介する。「プロジェクトはたくさん始めれば良いというものではない。いくつ終わらせたかが大事。だから年に1つ大きなテーマを定めて、それを終わらせることだ。It’s not how many projects you start, it’s how many you finish…. So, pick one big thing a year, and finish it.」

デイビッド・アンドリュー・パターソン David Andrew Patterson 1947- コンピュータ科学者。1947年、米イリノイ州エバーグリーンパーク生まれ。
教育
カリフォルニアのトーランス南高校を卒業。
1969年(22才)UCLAでAB(数学)。
1970年(23才)UCLAでM.Sc.(コンピュータ科学)。
1976年(29才)UCLAでPh.D.(コンピュータ科学)。指導教員はGerald Estrin先生(9月17日のペケリスさんの年表に登場)。
活動
1977年(30才)UCバークレー校でAssistant Professor。Carlo Sequinさんと共同作業を開始。
1979年(32才)研修休暇をDECで過ごす。複雑なコードからエラーを取り除く作業に従事。簡単な命令セットがエラーを減らす、と実感。
大学に戻りバークレーRISC (Reduced Instruction Set Computer) の開発に着手。トランジスタ数 44,420のRISC-1を作るプロジェクト。
1980年(33才)DARPAのVLSIプロジェクトでヘネシーさんと知り合う。パターソンさんはRISC2のプロトを、ヘネシーさんはMIPS (Microprocessor without Interlocked Pipeline Stages)のプロトを持っていた。
1982年(35才)RISC-1が完成。同僚のSequinさんが RISC-II チップの開発プロジェクトを開始。パターソンさんはARPAのVLSIプロジェクトと結びつけるため尽力。
1983年(36才)RISC-II が完成。産業界からRISCは教育用で商用ではないと見られた。説明と普及に尽力する。
1989年(42才)Redundant Arrays of Inexpensive Disks (RAID)をR.Katzさんと後押し。
1990年(43才)パターソン&ヘネシー共著で「 Computer Architecture 」を出版。
1999年(52才)ヘネシー&パターソン共著で「Computer Organization and Design 」を出版。
2010年(63才)カリフォルニア大学バークレイ校がRISC-Vを発表。DARPAが財政支援。
2016年(69才)UCバークレー校を退職。GoogleでDistinguished Engineer。
2018年(71才)ヘネシーさんと共にチューリング賞を受賞。

https://amturing.acm.org/award_winners/patterson_2316693.cfm
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A4%E3%83%93%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%91%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%83%B3_(%E8%A8%88%E7%AE%97%E6%A9%9F%E7%A7%91%E5%AD%A6%E8%80%85)