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▼リレーショナルデータベースやその操作言語SQLのコンセプトをかみ砕き、技術的な問題を解決し、製品化して顧客が使うまでの一連をケアし、かつ関係者の教育にも尽力。設定した目標達成に必要なエンジニアの募集、アーキテクチャの設計、コーディングとチューニング全てに関わるスタイル。その貢献ぶりが認められてチューリング賞を受賞。
▼この会社でこの期間は何をする、という目標設定が明確。IBMがデータベースの研究と製品化にフォーカスしたときは、その実現のために力を発揮。タンデム社ではIBMの経験を活かし堅牢なDBを開発。DECではトランザクション処理を本にまとめた。マイクロソフトでは世界中から科学データを集めたDBを作り分析ツールと共に提供するという目標を立てた。

ジェームズ・ニコラス・グレイ James Nicholas Gray 1944-2007 計算機科学者

1944年、サンフランシスコ生まれ。
教育
英語教師の母に読み書きを教え育てられる。水族館、プラネタリウム、博物館によく通う。
1961年(17才)サンフランシスコのウエストムーア高校を卒業。
1962年(18才)産学協同教育プログラム General Dynamics Astronautics社で体験教育。
1964年(20才)UCバークレー校数学部で教育助手。
1965年(21才)UCバークレー校エレクトロニクス研究所で研究助手(66年まで)。
1966年(22才)UCバークレー校でBS(数学と工学)。
1966年(22才)ニュージャージーのベル電話研究所で技術スタッフ職を務めながらニューヨーク大学クーラント研究所に通う(67年まで)。
1967年(23才)UCバークレー校に新設されたコンピュータ科学部で研究助手(68年まで)。
1969年(25才)UCバークレー校コンピュータ科学部でPhD(コンピュータ科学)。
活動
1969年(25才)UCバークレー校コンピュータ科学部でIBMポスドクフェロー(71年まで)。安全性と信頼性の高いタイムシェアリングOSの開発ディレクターを務める。
1971年(27才)ニューヨークのIBM研究所一般科学部で研究員(72年まで)。このときRISCアーキテクチャの父J・コックさんと出会う(6月28日)。
1972年(28才)ルーマニアのブカレストポリテク研究所でUNESCOエキスパート。
サンホセのIBM研究所コンピュータ科学部門で研究員(80年まで)。このときRDBモデルを提唱するE・コッドさんと出会う(9月28日)。
1973年(29才)System Rプロジェクトに参加。R・Boyce氏 と D・Chamberlin氏が広く使われるSQLを設計。例えば、銀行間取引で発生する多様なトランザクション処理を正確に行う技術を開発。
1980年(36才)カリフォルニアのタンデムコンピュータ社でソフトウェア設計者(90年まで)。NonStop SQL RDBMSの設計から実装まで一連を手掛ける。
1990年(46才)DECでコーポレートコンサルティングエンジニア(94年まで)。トランザクション処理に関する著作を発表。
1994年(50才)UCバークレー校コンピュータ科学部でマッケイ・フェロー(95年まで)。
1995年(51才)サンフランシスコのマイクロソフト研究所でシニア研究員(2000年まで)。目標は世界中の科学データを分析ツールと共にオンラインに載せる。
1998年(54才)チューリング賞を受賞。データベースとトランザクション処理の研究、システム実装における技術リーダーシップに対して。
2000年(56才)同社のDistinguished Engineer (07年まで)。
2007年(63才)ヨットでサンフランシスコ近海を航行中に行方不明。
2012年(68才)法的に死亡が認定される。

https://amturing.acm.org/award_winners/gray_3649936.cfm
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%82%A4