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▼プヌーリさんがコンピュータに出会ったとき、その後の人生が決まった。そのコンピュータの名はWEIZAC(Weizmann Automatic Computer)。
▼Weizmannとは、有機化学者で初代イスラエル大統領ハイム・ヴァイツマン氏の名前。WEIZACは世界最初期のプログラム内蔵方式の大型コンピュータ。プリンストン高等研究所IASのフォン・ノイマンさんの設計を元に1954–55年にかけてヴァイツマン研究所でC・Pekeris先生のリードの下で開発。目的はワイツマン研究所で新設する応用数学研究科の研究用。ヴァイツマンさんがPekeris先生に相談で決めた。
▼WEIZACが完成した3年後、プヌーリさんが出会って魅了されたというわけだ。プヌーリさんの博士課程の指導教員がパーキンス先生であったことは幸運である。
▼チューリング賞の受賞理由は、時相論理を計算科学へ導入する精力的な仕事、およびプログラムとシステムの検証への際立った貢献。

アミール・プヌーリ Amir Pnueli 1941-2009 計算機科学者
1941年、イスラエルのナハラル生まれ。両親ともに教師。
1945年(4才)WWII終戦
1948年(7才)有機化学者のハイム・ヴァイツマン氏がイスラエルの初代大統領に就任。7才の時に自分の国が出来た、ということ。
1949年(8才)旧ダニエル・シーフ研究所がヴァイツマン科学研究所としてリニューアル。
教育
1958年(17才)Technion で数学を学ぶ。イスラエルで最初のコンピュータWEIZACに出会い、虜になる。
1962年(21才)ハイファのイスラエル工科大学でB.Sc.(数学)。
1967年(26才)ヴァイツマン科学研究所でPh.D(応用数学)。指導教員 Chaim Pekeris 先生の下でWEIZAC を使った計算で論文を作成。
活動
1967年(26才)スタンフォード大学でポスドク研究員。計算機科学に転向。研究領域は時相論理、モデル検査、並行プロセスの公平性等。
1968年(27才)IBMでポスドク研究員。
1969年(28才)ヴァイツマン科学研究所でリサーチ・フェロー。
1970年(29才)ヴァイツマン科学研究所応用数学研究科 で Senior Research Fellow。
1973年(32才)テルアビブ大学で Associate Professor。計算機科学科創設。初代学科長。
年(40才)ヴァイツマン研究所の計算機科学研究科の教授。世界に名だたる研究科に育てる。
1996年(55才)チューリング賞を受賞。
1999年(58才)ニューヨーク大学の計算機科学研究科で教授。2009年まで。
2009年(68才)死去。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%8C%E3%83%BC%E3%83%AA
https://amturing.acm.org/award_winners/pnueli_4725172.cfm
https://en.wikipedia.org/wiki/WEIZAC