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1960年代、ラビンさんが30代のころコンピュータを使う計算分野は数学界に認知されておらず業績も評価されない時代だった。しかしラビンさんたちコンピュータを念頭に置いた計算理論家たちは研究を重ね、現代の情報化社会で必要不可欠の暗号分野を開拓する。数学者の力、おそるべし。
▼ラビンさんは小学生の頃、先輩が図形の問題を解いているのに参加して解決したという成功体験を持つ。そこから数少ない法則で多様な問題に対処できる数学に魅力を感じ、数学の道を歩む。
▼父が息子の数学の才に気づいて最良の高校に入学させる。その高校には一流の数学者がいてラビンさんは刺激を受ける。高校卒業後はイスラエル軍に徴兵されるものの、ラビンさんの才能を認めた別の数学者が軍と交渉して、ヘブライ大学の学部を飛ばして大学院に進学させる。数学修士をヘブライ大学で取ったあと、プリンストン大学で数学博士号を取る。自分のエンジンと周りの応援のダブル推進力。
▼コンピュータを安全、正確に運用するのに必要な数学理論や技術を発明し、その成果でチューリング賞を受賞。

マイケル・ラビン Michael Oser Rabin 1931- 計算機科学者。
1931年、ポーランド領ヴロツワフの生まれ。父親はラビ。
教育
1935年(4才)一家でパレスチナに移住。良い教育を受ける。
1939年(8才) WWII
1941年(10才)学校の入り口で上級生が幾何の問題を解いているところに加わり一緒に解いて楽しむ経験をする。
1945年(14才)WWII終戦
数学の才能を認めた父がパレスチナでトップのハイファ高校に進学させる。E・Netanyahu先生の授業で力を伸ばす。
1947年(16才)ハイファの高校を卒業。
1948年(17才)第一次中東戦争。陸軍に入隊。
1949年(18才)ラビンさんの数学力を認めた数学者アドルフ・フレンケル先生が軍と交渉し、軍務が解かれヘブライ大学大学院に入学。
1953年(22才)ヘブライ大学でM.Sc.(数学)を取得。
1957年(26才)プリンストン大学で Ph.D. (数学)を取得。指導教員はA・チャーチ先生(8月16日)。
活動
1958年(27才)IBMが開催する選抜数学者グループのセミナーに参加。成果を論文にして出す。
1959年(28才)IBMのセミナーに連続参加。J・マッカーシーさん(6月20日)が「スパイと警備員とパスワード」の問題を出し、ラビンさんは研究論文で答える。
1960年(29才)ヘブライ大学数学研究所の所長。
1960年(29才)Edward F. Moore氏の誘いでベル研究所に入る。
1961年(30才)カリフォルニア大学バークレー校で助教授(数学)。
1962年(31才)MITで助教授(数学)。
1964年(33才)ヘブライ大学の教授。
1969年(38才)指導教員としてサハロン・シェラハ氏(現在ヘブライ大学の数理論理学者)の論文を指導。
1975年(44才)MITの客員教授。ゲーリー・ミラーさんとミラー-ラビン素数判定法を発明。2003年に表彰。
1976年(45才)チューリング賞を受賞。非決定性マシン
1979年(48才)公開鍵暗号のラビン暗号を発明。
1981年(50才)暗号プロトコルの要素技術である紛失通信 (Oblivious Transfer) を発明。
1987年(56才)効率的な文字列探索法であるラビン-カープ文字列探索アルゴリズムを開発。
2007年(76才)コロンビア大学で「暗号理論入門」を講義。
2017年(86才)ハーバード大学から名誉博士号を授与。

https://en.wikipedia.org/wiki/Michael_O._Rabin
https://amturing.acm.org/award_winners/rabin_9681074.cfm
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%93%E3%83%B3