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▼当初GCCSで暗号解読を担っていたのはノックスさん(8月24日)のような言語学者だった。しかし、WWIIが始まると数学者の採用が始まる。トウィンさんはその第一号。数学者に続いてチェスやクロスワードパズルの名人も採用された。
▼人が増えたのでGCCSはブレッチリ-・パークに移転。すると本体の建物だけでは収まり切れなかったのでターゲット国や暗号ごとに解読する小屋Hutをポコポコ立てた。ドイツ軍のエニグマを解読する小屋がHut8だった。
▼エニグマの解読はドイツ軍とのいたちごっこで、解読すれば対応してくるのでどんどん難しくなる。しかし、ノックスさんがポーランド暗号解読部隊とエニグマ解読の貴重な情報を入手、チューリングさんに伝える。チューリングさんはすぐに解読マシンbombeを開発する。Hut8でノックスさん・チューリングさん・トウィンさんらが中心となり、bombeでドイツ軍情報部の暗号をごりごりと14万本も解読した。解読するだけでなく英国情報機関MI5やM16と協力してドイツ軍に偽情報を掴ませて情報戦を仕掛けた。
▼ノックスさんが病に倒れた後も、次のリーダーとして暗号解読のパフォーマンスを維持。数学ができる人は何でも万能でできると思わせる人物。クラリネットとヴィオラを演奏する音楽愛好家でもある。

ピーター・トウィン Peter Frank George Twinn 1916–2004
数学者。Dilly Knoxさんの後継者
1916年、ロンドンの南にある町Streathamに生まれる。
教育
マンチェスター・グラマースクール卒業。
ダルウィッチ・カレッジ卒業。
オックスフォード大学ブレーズノーズ・カレッジ数学科を卒業
奨学金を取り、大学院で物理学を学ぶ。
活動
1939年(23才)WWII。
1939年(23才)政府暗号学校GC&CSが初の数学者として採用。古典文学者で暗号解読者のD・ノックスさん(8月24日)の下で暗号解読。
1939年(23才)ノックスさんがポーランドの暗号解読者と情報交換。軍用エニグマのキーボードはABC順になっていることを知る。
1940年(24才)エニグマの解読スピードが上がる。
1941年(25才)ブレッチリー・パークに移りノックスさん、チューリングさんと共にbombeでエニグマ暗号を解読。Uボートの攻撃による損害を減少させる
1941年(25才)ドイツ軍情報部の暗号解読のためIntelligence Services Knox (ISK) チームができる。
1942年(26才)ノックスさんが体調不良になったため代わりにISKのヘッドになる。終戦までに140,800本のメッセージを解読。
1945年(29才)WWII終戦
1950年(34才)政府機関で働く。
1960年(44才)軍用ホバークラフトの開発に携わる。その後王立航空研究所の秘書を務める。
1970年(54才)自然環境調査協議会の第二秘書を務める。
1999年(83才)ロンドン大学から博士号(昆虫学)を取得。
2017年(88才)死去。

https://en.wikipedia.org/wiki/Peter_Twinn