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電子計算機の初期で有名なものにアメリカのENIAC、イギリスのACEがある。この両方に製作段階から関わり、設計者との交流を持つという稀有の経験をした人。つまりコンピュータの巨匠直伝の知識を持つ弟子筋にあたる。▼引き継いだ技術は、自分で新しいコンピュータの設計に活かしている。ひとつが国立標準局のStandards Western Automatic Computerで、完成したとき世界最速記録を出した。もう一つはベンディックス・アヴィエーション社が販売したG-15。それまでのマシンと違って一人で操作できることから世界で最初のパーソナルコンピュータと言われる。とは言っても重量は430kgもある。これを自宅に一台所有していた。エニグマを持っていたD・ノックスさん(8月24日)と似ている。▼数学から出発し、最初期のコンピュータを体験し、自分で高性能マシンを設計し、後半は大学でコンピュータと情報教育に尽力した。アメリカのコンピュータ文化の創造・発展・伝承者である。

ハリー・ダグラス・ハスキー Harry Douglas Huskey 1916-2017
数学者・計算機科学者。
1916年、米国ノースカロライナ州スモーキーマウンテン生まれ。アイダホ育ち。
教育
アイダホ大学で学士号(数学と物理学)を取得。
1939年(23才)WWII
1943年(27才)オハイオ州立大学で修士号とPhDを取得。
活動
1944年(28才)ペンシルベニア大学で米海軍の学生に数学を教える
1945年(29才)ENIACEDVACのプロジェクトに参加し初めてコンピュータと出会う。
1945年(29才)WWII終戦
1946年(30才)英国の国立物理学研究所 NPL で、チューリングさんらとACEプロジェクトに携わる。
1949年(33才)ロサンゼルスの国立標準局でStandards Western Automatic Computer(SWAC)の設計と製造に携わる。
1954年(38才)カリフォルニア大学バークレー校の教員。
1956年(40才)ベンディックス社が販売した科学計算用のコンピュータG-15を設計。
1963年(47才)バークレー校でN・ヴィルトさん(6月25日)の博士論文を指導。
1966年(50才)カリフォルニア大学サンタクルーズ校の教員。
1967年(51才)コンピュータ&情報科学プログラムを立ち上げ。コンピュータ・センターのディレクターになる。
1986年(70才)カリフォルニア大学サンタクルーズ校を退職、名誉教授。
2017年(101才)死去。

https://en.wikipedia.org/wiki/Harry_Huskey
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC
https://ja.wikipedia.org/wiki/Bendix_G-15
https://ja.wikipedia.org/wiki/Standards_Western_Automatic_Computer