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ケンブリッジ大学時代、数学のウェルチマン先生(8月23日)に才能を認められ、卒業と同時にブレッチェリー・パークの暗号学校にリクルートされる。WWIIの間、エニグマの暗号解読に携わった数少ない女性解読者のひとりになる。チューリングさんが開発した手法をすぐに使いこなして、Uボートのエニグマ暗号を解読し、撃沈被害を4か月の間に5分の1まで引き下げる。同僚のアレグザンダーさん(8月26日)は「部門最高のメンバーのひとり」と評価。▼女性であるがゆえにケンブリッジ大学では学位が授与されず、ブレッチェリー・パークでは男性より給料が安いなど、制度の上では正当な扱いを受けられなかった。しかし、周りの人間に恵まれた。チューリングさんとは出会ったときから仲良くなり、仕事も仕事外でも一緒に過ごした。

ジョーン・クラーク Joan Clarke 1917- 1996 暗号解読者、貨幣学者
1917年、ロンドン生まれ。父は牧師。
教育
1936年(19才)南ロンドンのダルウィッチ女子校
ケンブリッジ大学ニューナムカレッジで数学を専攻。学士・修士相当の学位を取得。成績優秀者。
G・ウェルチマン先生(8月23日)が幾何の授業でクラークさんの能力を認識。
1939年(22才)ブレッチリー・パークに政府暗号学校GCCSができ、ウェルチマン先生がメンバーになる。
1939年(22才)WWII
活動
1940年(23才)ウェルチマン先生から声がかかり政府暗号学校GCCSに採用。しかし最初は事務職。
1941年(24才)チューリングさんやウェルチマン先生がエニグマを解読するHut 8の勤務になる。 チューリングさんと気が合い、仲良く仕事を進める。友情はチューリングさんが死去するまで続く。
1941年(24才)クラークさんがチューリングさんの開発した解読手法 Banburismusを実行し、4カ月間の間にUボートによる被害を282,000トンから62,000トンまで引き下げる。
1944年(27才)Hut 8の副主任になる。
1945年(28才)WWII終戦
1946年才)政府通信本部 GCHQで勤務。
1954年(37才)アラン・チューリングさん死去。
1977年(60才)GCHQを退職。
1980年(63才)暗号解読史の史料編纂に協力。
1986年(69才)16-17世紀のスコットランドの貨幣の研究で表彰。
1996年(79才)死去。

https://en.wikipedia.org/wiki/Joan_Clarke
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%82%AF