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ウェルチマンさんは、チューリングさんがブレッチェリー・パークにある政府暗号学校GCCS*でエニグマの解読を行ったときの凄腕の同僚数学者。ウェルチマンさんはドイツ軍の暗号通信データを収集し、どの部隊からいつ・どこの部隊と送受信したかを調べるトラフィック解析を担当。敵軍の規模・動き・活動を捉えたので、ウェルチマンさんは高い評価を得た。▼メインの仕事は、ドイツ軍と空軍が使うエニグマの解読である。イギリスがポーランド軍からエニグマを解析する電気機械式装置bombaの情報を入手。これをもとにチューリングさんが改良設計し、ウェルチマンさん自らが発明した技術を加えて英国版bombaであるBombeを開発。解読に一日かかっていたものが数時間に短縮。▼戦後はこの知見を活かしてMITでプログラミングコースの教員になる。教え子の一人がARPANETを構築するエンジニアになる。

*GCCS:Government Code and Cypher Schoolは、ドイツを中心とする敵国の暗号の解読と分析を行う秘密機関。

ゴードン・ウェルチマン William Gordon Welchman 1906–1985 数学者。

1906年、イングランドのブリストル生まれ。父は牧師。
教育
マールボロ大学で教育を受ける。
1925年(19才)ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ入学。数学を専攻。
1929年(23才)ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジを卒業。
活動
1929年(23才)ケンブリッジ大学シドニー・セックス・カレッジの数学研究員になる。
1932年(26才)ケンブリッジ大学シドニー・セックス・カレッジのフェロー、後に学部長になる。
ブレッチェリー・パークBPにある政府暗号学校GCCSのHut6に入る。同僚がチューリングさん。
1939年(33才)WWII。ポーランド軍のエニグマ暗号解読機Bombaの情報を入手。Hut6(部門の愛称)のリーダーとして目覚ましい貢献。
1943年(37才)Hut6からBombeの機械化監督に異動。
1944年(38才)大英帝国勲章を受ける。
1945年(39才)WWII終戦
1948年(42才)渡米。
1951年(45才)MITで初めてのコンピュータ・プログラミング・コースを担当。教え子にARPANETの開発を請け負うBNNで活躍するFrank Heartさんがいる。MITのほか、レミントンランド社やFerranti社の仕事も並行。
1962年(56才)アメリカに帰化。Mitre社でアメリカ軍の情報セキュリティ設計を担当。
1971年(65才)Mitre社を退職し、コンサルタントとして継続。
1985年(79才)死去。

https://en.wikipedia.org/wiki/Gordon_Welchman