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このブログ、8月8日からプリンストン高等研究所IASを巡る人々を訪ね歩いている。今回は数学者のヴェブレン先生。A・チャーチ先生が博士号を取ったときの指導教員。チャーチ先生はチューリングさんの博士論文の指導教員。だからヴェブレン先生から見るとチューリングさんは孫弟子。ヴェブレン先生はIAS設立協力者の一人かつ初代の数学教授。だからプリンストン大学に留学していたチューリングさんはチャーチ先生に連れられてヴェブレン先生のところに挨拶に行ったんじゃなかろうか。WWIとWWIIの両方、陸軍で数学を活かして弾道計算の協力をした。ENIACプロジェクトにも参加している。退職後は奥さんと長年にわたってプリンスンで買いためた土地33haを自然公園として町に寄贈している。

オズワルド・ヴェブレン Oswald Veblen 1880-1960 数学者(幾何学)

1880年、アイオワ州ディコーラ生まれ。父はアイオワ大学の物理学教授。
教育
1898年(18才)アイオワ大学 学士A.B.
1900年(20才)ハーヴァード大学 学士B.A.
1903年(23才)シカゴ大学大学院 Ph.D. 指導教員はイライアキム・ムーア先生。
活動
1905年(25才)プリンストン大学数学部に就任。
1910年(30才)プリンストン大学数学部の教授。
1914年(34才)WWI、アメリカ陸軍の大尉。
1918年(38才)WWI終戦。アメリカ陸軍の少佐で退役。
1923年(43才)アメリカ数学会会長(24年まで)
1927年(47才)アロンゾ・チャーチさんの博士論文を指導。
1929年(49才)J・H・C・ホワイトヘッドさんの博士論文を指導。
1932年(52才)プリンストン大学数学部を退任。
1932年(52才)IAS設立に参加、最初の教授に就任。
1933年(53才)「微分幾何学の基礎」を出版。J・H・C・ホワイトヘッドさんとの共著。
1939年(59才)WWII。アバディーン性能試験場で弾道計算。
1943年(63才)ENIACプロジェクトに参加
1945年(65才)WWII終戦
1950年(70才)IAS名誉教授
1957年(77才)プリンストンの山沿いの33haの私有地を「ヘロンタウンウッズ樹木園」として町に寄贈
1960年(80才)死去
1961年、「オズワルド・ヴェブレン幾何学賞」創設

https://en.wikipedia.org/wiki/Oswald_Veblen
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%BA%E3%83%AF%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%96%E3%83%AC%E3%83%B3