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1937年、シャノンさんは電子回路の組み合わせ方で二進数の論理演算ができることを示した。1938年、チューリングさんはドイツ軍の暗号エニグマの解読に挑戦。これが計算機の開発につながる。1944年、ノイマンさんは原爆の開発に必要な計算パワーを探しているときENIACプロジェクトに出会う。開発チームのコンサルタントになり、プログラム内蔵方式を広める役を果たす。この三人には共通点があって、それがプリンストン高等研究所。

ノイマンさんとチューリングさんは、1936年にチューリングさんが博士号を取りにプリンストン大学に来た時に仲良くなる。アメリカで仕事したらどうよ、なんて話もしたらしい。
また1940年、シャノンさんがNational Research Fellowとして研究所のメンバーになった時、シャノンさんと議論する機会を持った。面白くて圧倒的で、そして危ないエピソードが豊富な人(下記ウィキペディアにあります)。

ジョン・フォン・ノイマン John von Neumann 1903-1957

1903年、ハンガリーのブダペスト生まれ。両親は裕福で教養のあるユダヤ人。父は銀行の弁護士。
子供の頃から天才児。エピソードはwikipediaで紹介されている。
教育
1921-26年(18-23才)ブダペスト大学と大学院で数学、ベルリン大学とチューリッヒ工科大学で
化学工学を学ぶ。それぞれの大学から博士号(数学、物理、化学)を取得。
活動
1927-30年(23-27才)ベルリン大学で最年少私講師を務める。
1930年(27才)ナチス政権を避け渡米。プリンストン高等研究所の所員になる。
1933年(30才)プリンストン高等研究所の数学教授。
1937年(34才)アメリカに移住。ドイツとの戦争には数値解析が必要と考える。
1940年代(37-47才)アメリカ合衆国海軍のコンサルティング、ロスアラモス国立研究所のマンハッタン計画、弾道研究所BRLのENIACプロジェクトに関わる。
1950年代(47-54才)アメリカ合衆国国防総省、中央情報局(CIA)、IBM、GE、スタンダード・オイルに顧問としてアドバイス。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%8E%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%B3

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%B3%E9%AB%98%E7%AD%89%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80