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オン・オフの電気スイッチで作る論理回路を使うと二進数の計算ができることを示し、デジタルコンピュータの理論的土台を修士論文で示した人物。20代で出会った人たちも半端なくて、V・ブッシュ先生、フォン・ノイマンさん、アインシュタイン先生、ゲーテル先生、チューリングさん・・・と歴史上の方々が次々。

クロード・エルウッド・シャノン Claude Elwood Shannon 1916-2001 情報理論の父

1916年、ミシガン州ゲイロードで生まれ、育つ。父は実業家。母は高校の国語教師。
子供時代
電気や機械が好きでラジコンの飛行機やボートを作ったり、1kmほど離れた友人の家と有刺鉄線を使った電信を作って遊んでいた。ウェスタン・ユニオン電信会社のメッセンジャーのアルバイトをしたこともある。
教育
1932年(16才)ゲイロード高校を卒業。ミシガン大学に入学。G・ブールの数学を知る。
1936年(20才)ミシガン大学から電子工学と数学2つの学士号を取得。MITに入学。
V・ブッシュ先生(7月20日参照)が開発した微分解析機を使って学習しているとき、ブール代数を使ったスイッチング回路を設計。
1937年(21才)修論「A Symbolic Analysis of Relay and Switching Circuits」を作成。
1938年(22才)修論を出版。シャノンさんのスイッチング回路を電気リレーにすると電話交換機に適用できると証明。さらにスイッチング回路をブール代数に適用できることを示した。電子スイッチで論理回路を形成するデジタルコンピュータの知的基盤となる。
第二次世界大戦後、シャノンさんの仕事はデジタル回路設計の基礎として、電子技術者の間で広く認識されるようになる。
1940年(24才)V・ブッシュ先生のアドバイスにより、神経や細胞の研究を行う機関Cold Spring Harbor Laboratory(CSHL)に身を置いてメンデル遺伝学を数学で発展させる研究に集中。結果、MITからPhDを取得。プリンストン高等研究所のフェローとなり、H・ウェイル氏やノイマンさん(5月18日参照)と自由に議論。A・アインシュタイン氏やK・ゲーデル氏とも会う。

ベル研時代
1941-45年(25-29才)第二次大戦中、ベル研究所に所属し、National Defense Research Committee(NDRC)の火器統制システムや暗号に従事。
1943年(27才)ドイツ海軍Uボートの暗号解読の研究のためベル研を訪れていたA・チューリングさん(4月21日)とカフェでお茶。チューリングさんからユニバーサル・チューリング・マシン(1936年)の論文を見せてもらい説明を聞く。強い影響を受ける。

https://en.wikipedia.org/wiki/Claude_Shannon