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第二次大戦後、東西冷戦の時代。アメリカは自国の通信網が敵の攻撃によってダメージを受けても全壊しない通信システムが必要と考えた。そこでシンクタンクRANDに設計を依頼。その担当がバランさんだった。バランさんは中央集権的なシステムではなく、迂回路がたくさんある冗長なネットワークに、データを小分けして送受信する方式を考えた。ちょうど同じ時期、イギリスでも似たようなシステムの開発が進んでいた。そのため、いまだにインターネットの起源に関する説明が、RAND(軍)にあるとするもの、イギリスの方式を参考にしたとするものに分かれる。

ポール・バラン Paul Baran 1926-2011
情報を小分けして送受信する方式(パケット交換方式)の発明者。

1926年、ポーランドでユダヤ人の家庭に生まれる。
1928年(2才)一家でボストンに移住し食料品店を開業。

教育
1949年(23才)ドレクセル工科大学で電気工学を学び、卒業。
1959年(33才)UCLAの夜間コースに通い修士号(工学)を取得。引き続き博士号の取得を目指すも、仕事が忙しくなり途中で諦める。

活動
1949年(23才)エッカート・モークリー・コンピュータ・コーポレーション(EMCC、5月10日・13日参照)に入社。アメリカで初の商用コンピュータであるUNIVACの製造に従事。
1955年(29才)結婚しカリフォルニアに転居。ヒューズ・エアクラフト社に入社、レーダーのデータ処理を担当。同社は軍用機メーカーで第二次大戦後はエレクトロニクス分野に進出していた。
1959年(33才)RANDコーポレーションに参加。RANDは国の予算と寄付金で運営資金を賄う非営利のシンクタンク。バランさんのミッションは、核戦争が起きても生き残るしぶといネットワークシステムの設計。バランさんらによる研究の結果「サバイバルのために中央ノードを設けない(中央が攻撃を受けてダウンすると全体がダメになるリスクを避けるため)」「データを小分けにして送受信する(分量が大きな情報でも小分けすることによってネットワークにかける負担が軽くできる)」など新しい構造のネットワークシステムの構想を得た。
1964年(38才)RANDがバランさんらの研究結果をまとめた技術報告書「On Distributed Communications Networks(分散型ネットワーク)」を出版、公知となる。

インターネットの起源問題
同じ時期にもう一つアイディアがあった。それはイギリス国立物理学研究所のD・デービスさんデータを小分けして送受信する方式の研究を進めていた。パケットと名付けたのもデービスさん。インターネットの起源が、RAND由来説だと軍事色が濃くなり、イギリス(デービスさん)由来説だと科学研究色が強くなる。

https://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Baran
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%A9%E3%83%B3