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第一次世界大戦、第二次世界大戦を経験し、大学の工学技術とマンパワーを軍事に活かすネットワークを整えた人物。DARPAの元となる組織を作り、ハイパーテキストの元になる概念Memexを描き出した。軍産学のネットワークを持続させる仕組みも整えた。世界を変えるビッグピクチャーを描いて実現する力の持ち主。

ヴァニーヴァー・ブッシュ Vannevar Bush 1890-1974 技術者、軍産学ネットワーク創立者。

1890年、マサチューセッツ州生まれ。父は牧師。

教育
1909年(19才)ニューヨークのチェルシー高校を卒業。タフツ大学に入学。
人気のある学生で、2年生では副代表、3年生で代表になる。4年生でフットボールチームのマネージャー。成績優秀者のクラブ入りを果たす。タフツ大学は学士号と修士の同時取得が可能だった。ブッシュさんは「プロフィール・トレーサー」を発明・特許を取得し、修論のテーマとした。これは地図を作成する測量士の支援装置で、車輪と移動情報を記録するペンでできていた。ブッシュさんが取得する特許の第一号。
1913年(23才)タフツ大学から学士と修士の学位を取得。卒業してニューヨークのGEに入社。新製品の安全性試験を担当。ピッツバーグにあるプラントで高電圧変圧器に携わるもプラントが火災で全焼。
1914年(24才)GEの仕事がなくなったのでタフツ大学に戻り数学を教える。
1916年(26才)MITの電気工学プログラムに入る。すでに提出していた論文を手直しして提出。
1917年(27才)ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学から工学博士号を取得。

活動
アメリカが第一次世界大戦に参戦したので、National Research Council(NRC)に入る。潜水艦用に地磁気の変化で船舶の位置を測定する技術を開発する。これは木造船には有効、駆逐艦のような金属船には無効だった。
1919年(29才)タフツ大学からMITの電気工学部に移籍。
1923-32年(33-42才)MITの教授。18変数の微分方程式を解く微分解析機を開発。教え子のクロード・シャノンさんはデジタル回路を生み出す。教え子のF・ターマンさん(6月17日参照)はスタンフォード大学でシリコンバレーの父となる。
1930年代(40才代)Memexを提唱。Memexは、その後、情報検索システム、パーソナルコンピュータ、ユーザーインターフェイス、ハイパーテキストのインスピレーションの源になる。
1932-38年(42-48才)MIT副学長と工学部学部長。
1939年(49才)ワシントン・カーネギー研究機構の総長。アメリカの研究の方向性、軍事的な方向にシフト、大統領の科学顧問。
1940年(50才)アメリカ国防研究委員会(NDRC)の議長。科学者と軍の協力関係を整える。
1946-47(56-57才)DARPAとARPANETプロジェクトの源となるJoint Research and Development Boardの議長。
1950年(60才)軍産学の協力関係を護持する米国科学財団(NSF)を設立。

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https://en.wikipedia.org/wiki/Vannevar_Bush