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1967年の段階では、DARPAのテイラーさんがコンピュータ同士を接続する話を持ち出すと、接続拠点になる人から研究の妨げになるから嫌だと言われた。それから5年後、カーンさんはコンピュータ接続のメリットや可能性を接続拠点の人々に丁寧に説明。関心と期待を引き出すことに成功。異種コンピュータの相互接続という技術的なハードルだけでなく、未知の技術に対する拒絶感という心理的ハードルも乗り越えるプロジェクトマネジメント能力の持ち主。

ロバート・カーン Robert Elliot Kahn 1938-
the fathers of the Internet

教育
1938年、ニューヨーク州ブルックリン生まれ。
1960年(22才)ニューヨーク市立大学でB.E.E.(electrical engineering)取得。
1962年(24才)プリンストン大学M.A.(Electrical Engineering)取得。
1964年(26才)プリンストン大学Ph.D.(Electrical Engineering)取得。

活動
1964-66年(26-28才)AT&Tのベル研究所の技術員。
1966年(28才)MIT電子工学部の助教授。

ARPANETの推進役
1967年(29才)もっと応用研究がしたいと考えBolt, Beranek and Newman(BBN)に在籍してコンピュータネットワーキングのアイディアを発展させる。
1968年(30才)DARPAのIPTO(Information Processing Techniques Office)部門のL・ロバーツさん(7月14日参照)がARPANETの実験提案の募集をかける。ARPANETプロジェクトはパケット通信や分散コミュニケーションなどの新技術、さらにそれまで聞いたことがない多様なハードやOSを求めていた。ARPANETの構想は、パケットをInterface Message Processors(IMP)という装置を使って長距離電話網で送信する、というもの。この公募に対し、BBNはIMPのハードを作り、ソフトと一緒に提供することにした。
DARPAの採択を目指すBBNは、システム設計というキモの役割をカーンさんに任せる。結果的に採択される。
1969年(31才)カーンさんは初期ARPANETのテストのためUCLAに出張。ここでチューリング賞を共同受賞する相方のV・サーフさんと出会う。ウマが合い、テストデータ作成、ネットワークで起こりうる問題の予測と診断等について共同で研究を始める。
1972年(34才)ワシントンDCで開かれる国際コンピュータ・コミュニケーション・カンファレンスがARPANETのデビューと決定。カーンさんはDARPAのIPTO部門のプログラム・マネージャになり、その責任者。インパクトのあるデモにするため、カーンさんは、事前に関係者にARPANETの面白さと可能性を伝えた。というのも、1967年にR・テイラーさんらがネットワークの話をしたところ接続拠点になる人は自分の研究の進捗に影響が出るといって非協力的だった背景がある。カーンさんは同じことを繰り返さないため、地道な説明活動に力を入れた。結果、多様な立場の人々が興味と期待を寄せるようになった。カーンさんのこの努力によってARPANETのデビューは成功、コンピュータ界に広く受け入れられた。

TCP/IP
1973年(35才)カーンさんはサーフさんと共に後のインターネットにつながる相互接続システムのアイディアを追及。カーンさんは、異なるネットワーク同士を接続させるときに生じる問題を解決するには、自分の知識とサーフさんのソフトウェア技術と経験を合体させるほうが良いと判断。さらにネットワークの専門家を世界中から集めて議論を重ねた。結果、ロバストなプロトコルTCP/IPが生まれただけでなく、インターネットが世界中に広がる土壌になった。

チューリング賞
2004年(66才)インターネットの基本通信プロトコル TCP/IP の設計と実装などインターネットワーキング分野の開拓及びネットワーク全般にわたる先導的貢献に対してチューリング賞を受賞。

https://amturing.acm.org/award_winners/kahn_4598637.cfm
https://en.wikipedia.org/wiki/Bob_Kahn