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30年ほど前、キヤノンがアプリコンテストを行った。タロット占いアプリで入賞した知人がご褒美にアメリカに行ってC・シモニ-さんに会った。その時の印象を、超優秀な頭脳がむき出しになっている人、と語っていた。パロアルト研究所のAltoプロジェクトで生まれたWYSIWYG(What You See Is What You Get=画面で見たとおりに出力が得られる)はワープロBravoになる。その後、シモニ-さんがマイクロソフトでWordにすると世界的なワープロになる。同じ人が手掛けても歴史に留まるか、売れるか、違ってくるのが不思議。

チャールズ・シモニー Charles Simonyi 1948-  ハンガリー・ブダペスト生まれのプログラマー

父親は、ブタペスト工科大学の電気工学の教授。
1960年代 高校時代、夜警のパートタイマーとして計算研究所に出入りし、ソビエトの大型コンピュータUral IIに出会う。コンピューティングに興味を持ったので研究所のエンジニアからプログラミングを教えてもらう。高校卒業までにコンパイラを開発し、研究所に買い取ってもらう。デンマークのコンピュータ代理店に向けてもコンパイラのプレゼンを行う。そのモチベーションは「ハンガリーを出たい、西に行って自由になりたい」だった。
1966年(18才)高校を卒業、ハンガリーを出てデンマーク初のコンピュータ会社Regnecentralen(RC)に入社。ここでミニコンのリアルタイムシステムを手掛けるエンジニアたちやALGOLのP・ナウアさんと出会う。
1968年(20才)デンマークからアメリカに移動。カリフォルニア大学バークレー校に入学し、B・ランプソン先生の下で数学を専攻。
1972年(24才)カリフォルニア大学バークレー校のB.S.(工学数学と統計学)を取得。ランプソン先生からパロアルト研究所に誘われる。パソコンの元祖Altoの開発プロジェクトに参加。アラン・ケイさん(7月4日参照)、イーサネットを発明するR・メトカーフさんらそうそうたる著名人と仕事をする。
1974年(26才)ランプソン先生と世界初のWYSIWYGワープロBravoを開発。
1977年(29才)スタンフォード大学Ph.D.(計算機科学)を取得。
1981年(33才)メトカーフさんの提案を受けてマイクロソフトのビル・ゲイツ氏を訪問する。ゲイツ氏は、シモニーさんに同社初となるWYSIWYGワープロソフトの開発プロジェクトをリードしてくれないか、と打診。これを受けてパロアルト研究所からマイクロソフト社に転職。WordとExcelを製品化して同社の稼ぎ頭ソフトにする

https://en.wikipedia.org/wiki/Charles_Simonyi
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A2%E3%83%8B%E3%83%BC