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100年前はシリコンバレーはなく、スタンフォード大学は一地方大学に過ぎなかった。真空管回路の専門家だったターマンさんは卒業生として教師として大学を盛り上げるために研究と教育に力を注ぎ、企業が成長する場を創りコンピュータ産業が飛躍する環境を整えた人。

Frederick Emmons Terman 1900-1982 真空管、電子工学の専門家

▼スタンフォード大学で教員を務める父親の元に生まれる。スタンフォード大学の学部と修士を修了。
1924年(24才)マサチューセッツ工科大学で博士号取得。真空管回路、無線技術の専門家。
1925年(25才)学部と修士を出た母校のスタンフォード大学に教員として戻りパッカードさんやヒューレットさんと出会う。
1941-45年(41-45才)第二次大戦中、アメリカとイギリス空軍のパイロットはドイツ軍のレーダー網のため、帰還率が4~20%。パイロットは25回の出撃がノルマだったので、生還率は絶望的な状態だった。そこで米軍はドイツに無線技術で対抗するためハーバード大学に850人規模の無線工学研究室Radio Research Laboを作った。ターマンさんはRRLリーダーとして空軍の被害を抑え込むのに成功。
1945年(45才)スタンフォード大学に戻り、大学を盛り上げるため軍の予算獲得に力を入れる。結果、西のMITと言われるようになる。
1951年(51才)スタンフォード大学の敷地を「スタンフォード・インダストリアル・パーク」として企業に貸し出す企画を立案、実施。入居第一号が教え子のヴァリアン・アソシエイツ、第二号がヒューレット・パッカード。コダックやGE、ロッキードなどが続々と入居。これらの成長企業にスタンフォード大学の優秀な卒業生が就職するようになり、ますます企業が伸びるという循環が始まる。シリコンバレーの始まり。

https://en.wikipedia.org/wiki/Frederick_Terman
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%87%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3
Fred Terman Interview, 1969