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第二次大戦前後のドイツ。手計算はムダと思ったエンジニアのツーゼさんは機械式の計算機を開発。コンピュータにつながる。物資が不足するとプログラミング言語を開発。結果、ヨーロッパで最初のコンピュータとコンピュータ会社になった。

コンラート・ツーゼ Konrad Zuse 1910-1995 ドイツ コンピュータの先駆者
1935年(25才)王立シャルロッテンブルク工科大学卒業。フォード・モーターの広告デザイナーを経て、航空機工場で設計技師になる。膨大な手計算にうんざりして機械にやらせようと考える。
1936年(26才)実家で二進数の機械式計算機Z1を制作。第二次世界大戦が始まり、外部との交流が遮断。
1938年(28才)Z1の試験運転。部品の精度不足のため動かない。
1939年(29才)軍に入る。資材の提供を受けてZ1の改良型Z2を完成。

1940年(30才)ドイツ政府の資金提供を受け、計算機S1とS2を製作。これは無線操縦式の滑空爆弾に付ける翼の計算のための専用機。
1941年(31才)ツーゼ装置エンジニアリング社を創業。22ビット長浮動小数点数計算機Z3を製作。開発資金の一部はドイツ航空機研究所 が提供。
1942年(32才)連合軍の空爆を受けるようになったためZ4を別の場所で開発。しかし物資不足で中断。
1945年(35才)空襲のためツーゼ装置エンジニアリング社とZ1、Z2、Z3を失う。
1945-46年(35-36歳)ハードの開発がままならない状況だったことと、機械語によるプログラミングが複雑すぎることのため、高水準プログラミング言語の開発に着手。

1946年(46才)コンピュータ企業 Zuse-Ingenieurburo Hopferau を設立。資本はチューリッヒ工科大学とIBMへの特許使用許諾で調達。
1948年(48才)世界初の高水準プログラミング言語「プランカルキュール」を発表。
1949年(49才)Zuse KG を創業。Z4の製作を再開。チューリッヒ工科大学の数学者エドゥアルト・シュティーフェルさんがZ4を見学。

1950年(50才)シュティーフェルさんからZ4を1台受注し、チューリッヒ工科大学に納入。高信頼性が評価される。ヨーロッパで動作する唯一のコンピュータとなる。
1955年(55才)Z11を光学企業と大学に販売。

1967年(67才)Zuse KG として251台のコンピュータを販売した後、会社をシーメンス社に売る。

1972年(72才)プランカルキュールの全体像を公表。

1987-89年(87-89才)未完成だったZ1を完成させる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%84%E3%83%BC%E3%82%BC
https://en.wikipedia.org/wiki/Konrad_Zuse
https://money-academy.jp/made-computer/
Konrad Zuse und seine ersten Computer der Welt – Fernsehbericht von 1958 https://www.youtube.com/watch?v=n8Yo-wD-QTo