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マンチェスター大学でニューマンさん(8月19日)やチューリングさんと共にプログラム内蔵方式の電子コンピュータを作った人物。オクスフォード大学を卒業した時期がWWIIの直前というタイミング。電気通信研究所の研究者として軍用レーダーの開発に従事。軍用レーダーのデバイスを数々発明するなどハードに強かった。▼この時期、トム・キルバーンさんという若い凄腕の技術者が右腕につく。この出会いがイギリスの代表的初期コンピュータManchester Mark Iの開発とその後の発展のエンジンになる。▼時代の流れ・テーマ・人との出会いの三拍子が揃って事が進んでいく典型例。また、コンビで成果を上げる例。

サー・フレデリック・カーランド・ウィリアムス Sir Frederic Calland Williams 1911-1977
デジタル・コンピュータのパイオニア
1911年、英国マンチェスターのストックポート生まれ。
教育
ストックポートグラマースクールで学ぶ。
マンチェスター大学で学士と修士を取得。
1936年(25才)オクスフォード大学マグダレンカレッジで博士号を取得。
活動
1939年(28才)WWII。 電気通信研究財団TREでレーダー研究に従事、数多くの装置を開発した。トム・キルバーンさんが部下につく。
1945年(34才)WWII終戦
1946年(35才)コンピュータのRAMとして使うウィリアムス菅をキルバーンさんと共同発明。
1946年(35才)ニューマンさん(8月19日)の招きでマンチェスター大学の電子工学部門の主任に着任。
1948年(37才)ニューマンさんのオーダーでプログラム内蔵方式の電子コンピュータManchester Babyをキルバーンさん、Geoff Tootillさんと共同開発。
1948年(37才)ウィリアムスさんが指導教員、キルバーンさんがBaby開発をテーマにしてマンチェスター大学のPhDを取得。
1948年(37才)チューリングさんがマンチェスター大学計算機研究所の副所長に着任、アドバイスを受ける。
1949年(38才)Manchester Mark Iが完成。アルゴリズムはニューマンさんが作成。並行して商用版 Ferranti Mark 1 の開発を開始。
1949年(38才)IBMにMark 1 の設計情報を提供。
1951年(40才)Mark 1 の後継機で科学技術計算に向いた Meg (megacycle machine)の開発に着手。
1954年(43才)Meg をフェランティ社がFerranti Mercury として販売開始。
1977年(66才)死去。

https://en.wikipedia.org/wiki/Frederic_Calland_Williams
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%87%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%82%B9