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ピクサーとディズニーが2006年からの12年間、両社の社長だった人物。3D画像処理の神。そもそもアニメオタクだったことと、大学で出会ったサザランド先生がARPAプロジェクトのメンバーで画像処理をぐいぐい進めているところにメンバー入りしたタイミングだったこと。持ってるもの、人の出会い、天の時が合致。ピクサーやディズニーの素晴らしいアニメ作品のデジタル技術の源になった人物。

エドウィン・キャットマル Edwin Catmull、1945- コンピュータ科学者、経営者

1945年、ウェストバージニア州のピッツバーグ生まれ。父は高校の教師、校長。
後に一家はユタ州ソルトレークシティに転居。
子供時代にディズニーのピーターパンとピノキオにハマり、長編アニメ映画のアニメーターになりたいと夢見てバラバラ漫画作りに励む。
教育
ユタ大学に入学。最初はプログラミング言語の開発に関心を持つ。Sketchpadの開発者であるI・サザランド先生との出会いで、デジタル画像処理に関心が移る。
1969年(24才)ユタ大学からB.S.(物理、コンピュータ科学)を取得。
サザランド先生の学生としてJ・クラーク、J・ワーロック、A・ケイと共にARPAのプログラムに参加。
その時点から目標をデジタル技術を使ったリアルな映画作りに定めていた。
大学在学中、テクスチャ・マッピング、画像の回転や拡大技術、空間でギザギザを目立たなくする画像処理アルゴリズムの発明、細分化曲面法の洗練などを行った。
1974年(29才)ユタ大学からPh.D.(コンピュータ科学)を取得。

活動
1974年(29才)CAD/CAMのアプリコン社に入社。 ニューヨーク工科大学(NYIT)の設立者からコンピュータグラフィックスラボの部長職を提示され、就任。
1972年(27才)自主制作した1分間のアニメ映画がハリウッドのプロデューサの目に留まる。
1976年(31才)3Dコンピュータグラフィックスを駆使した映画「Futureworld」で使用される。
1977年(32才)NYITでTweenを発明。2Dアニメのコマの間に新しい2コマを自動で挿入する動画ソフトである。しかしながらNYITのプロジェクトチームの説明力不足のため動画制作の現場はTweenの受け入れを拒絶。キャットムルさんらは状況の打開に努めたもののうまくいかず時が流れる。
1979年(34才)ルーカスフィルムのG・ルーカスさんからアプローチを受ける。CG、ビデオ編集、デジタルオーディオのエンタメ・グループを率いてくれないか、という内容。ルーカスフィルムのCG部門であるIndustrial Light & Magic社の副社長に就任。
1986年(41才)S・ジョブズ氏がルーカスフィルムのCG部門を買収し、共同でPixarを設立。
2006年(61才)ディズニーがPixarを買収。Pixarとウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの社長を兼務。
2019年(74才)Pixarとウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの社長を退任。

チューリング賞
2019年(74才)3D-CGへの貢献と、コンピュータ画像生成技術による映画製作への貢献に対して受賞。

https://en.wikipedia.org/wiki/Edwin_Catmull%E3%82%A8%E3%83%89%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%9E%E3%83%AB
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